物見からの情報で刀崎・久我峰の部隊が森を包囲したと伝えられる。

全七夜に非常事態が宣言され予定通り、非戦闘員が避難して、現世代と志貴・黄理は森に姿を消す。

しかし、旧世代を中心とした戦闘員は里の随所に潜伏していた。

そこに上空からヘリの爆音が木霊する。やがて、数機の大型ヘリから迷彩服を着た十数名の男達が次々と降下する。

黄理達の予測通り、敵は上空から直接里に奇襲を仕掛けてきた。

「良し、油断しきっているな・・・総員、まずは七夜の女子供を皆殺しにしろ。それから七夜主力を後方から奇襲する。ぬかるな」

その号令を合図に兵士達は散会し次々と民家に押し入る。

しかし、そこは全て無人、誰も居るわけが無い。

「なんだと??誰も居ない??ちっ・・・くまなく探せ!!」

しかし、この瞬間、里の随所で待ち構えていた旧世代の襲撃にまず一人の首が刈り取られたのを皮切りに瞬く間に一斉に奇襲をかける。

「な!!そ、総員固まれ!!その上で各個に撃破しろ!!」

指揮官が絶叫するが奇襲部隊は次々と削り落とされる。

僅か五分後には・・・

「ひっ!!!」

短い絶叫と共に指揮官も死に、奇襲部隊は全滅した。

「良しご苦労・・・こちらの被害は?」

「数名流れ弾に当たり負傷しましたがその他は健在」

「ちっ・・・やはり現役を離れて久しい所為か動きが鈍いな・・・」

「うっそー!!」

呟きに驚きの声を上げたのは何もしなかった・・・いや、何も出来なかったアルクェイドだった。

「ははは、姉ちゃんそんなに驚きか?」

「決まっているでしょう?人間なのに並みの死徒と同等の運動能力を見せてそれで、鈍っているなんて・・・」

アルトルージュも絶句した。

「私七夜って志貴だけが強いって思ってた・・・」

「私も・・・」

「まあ、志貴は規格外だからな・・・とりあえず、このまま俺達は里周辺で陣を張る。姉ちゃん達宜しく頼むな」

「ええ」

「もちろん」

九『開戦』

一方・・・

「なに??奇襲部隊が全滅??逆に奇襲を掛けられた!!」

最初の凶報に爽刃が歯軋りした。

「中々やるようですな爽刃殿」

「その様だな・・・各部隊の現状は!!」

「現在中腹地点まで『KKドラッグ』投与部隊が罠を破壊しながら進んで降ります。後方の主力部隊も今現在被害を受けずに順調に進軍、更に迂回部隊も順調に進みこの分でしたら後一時間で七夜主力を挟み撃ち出来るかと」

「良し」

まだ、戦いは開幕したばかりであった。







一方最前線に位置する志貴と黄理はそれを最初に見た。

「父さん・・・あれ・・・」

「まったく出鱈目なものを用意するとは思っていたが・・・」

志貴も黄理も呆れ顔だ。

一応迷彩服を着た十数名の男達がただ雑然と突き進んでいる。

しかし、歩く度に降り注ぐ罠の数々を受けてもそれらは平然と歩く。

飛来してきた刃物は弾かれ、突き出された槍は逆にへし折られる。

「あれが・・・姉さんの言っていたバイオ死徒か・・・」

「志貴あれを潰すぞ」

「はい」

その言葉と同時に二人は獲物を構え同時に動く。

気配を察した男の一人が動きを止め、気配のみを頼りに突進する。

しかし、次の瞬間、志貴の手でそれは五つに解体させられていた。

「さて・・・そっちが反則使うなら俺も反則使わせて貰うぞ・・・」

そう言ってニヤリと笑う志貴から殺気が陽炎の様に湧き上がり、その瞳は闇夜よりも深い蒼と化す。

次の瞬間には殺気も気配すらも消え失せ、志貴は行動を開始した。

拳を振り上げる男達の隙間を掻い潜り

「遅すぎだ・・・」

腕を斬り落としながら反対側に回り込む。

「力はあるようだがスピードがてんで駄目・・・話にならん。来世からやり直せ、お前ら」

普通の人間や七夜であれば手強い強敵であったであろうが志貴にしてみればそれは死徒をやや強くしただけのもの。

驚く価値すら見い出せず解体していく志貴。

もはや男達には志貴の解体演舞の生贄の役しか与えられていなかった。

「・・・はっ・・・これだけか・・・元より壊れやすいモノ・・・夏の雪に千切れて消えろ」

一方の黄理もまた、ニヤリと笑う。

「久しぶりに潰しがいのありそうな相手だじっくりとやらせて貰う・・・」

その言葉を待つまでも無く一人の男が黄理の気配を察し黄理目掛けて猛然と走り込む。

そして拳を黄理に打ち込むが次の瞬間勝負は付いていた。

―我流・連星(がりゅう・れんせい)―

複数の何かが撃ち込まれる音と共に男の首が吹き飛ばされた。

技を極めた黄理だからこそ出来る、高速一点集中打突が首の骨を砕いたのでなく、首だけをもぎ取り吹き飛ばした。

男の胴から噴水の如く鮮血が迸る時には既に黄理は二体目を葬り去っていた。

志貴と同じ速度で一体一体確実に殺していき、攻撃開始から僅か十分後、異形の集団は死体の山と化していた。

「てめえら全員圧殺に処する・・・六銭はいらん。とっとと彼岸を越えて閻魔の御前に立て」

志貴がゆっくりと戻って来る。

無論だがかすり傷一つも見い出せない。

「敵の主力はこれだけでしょうか?」

「いや、まだいるだろう・・・どちらにしろ志貴」

「はい」

「一旦散るぞ。まだ敵がいる可能性がある。こいつら相手では現世代はかなり手を焼きそうだからな」

「ですが・・・」

「志貴、俺達はこの怪物の始末に全神経を集中させる。他の雑魚は現世代に任せろ」

「判りました・・・じゃあ俺は右から」

「ああ、頼む」

そう言い、志貴と黄理は更に獲物を求め前進を始めた。







一方『七夜の森』各所では既に戦闘が開始されていた。

前回の失敗に懲りた斗垣は部隊を細かく編成し二人一組に組ませ森の各所から『七夜の里』を目指させた。

その間『KKドラッグ』投与部隊と交戦を開始した志貴と黄理の防衛線・・・第零陣を突破した遠野の部隊は前線第一陣を担う、七夜現世代部隊と瞬く間に衝突、月の明かりだけを頼りに森の至る所で銃声と悲鳴、断末魔、そして血臭と死臭が漂う。

しかし、死臭のことごとくは久我峰の私兵から漂うばかり、次々とこの森の罠や罠の回避に四苦八苦していた所を襲撃されて無残な死体を晒していた。

「晃、全域で戦闘が耐える事無く起こっている。今の所死者は出てないけど・・・」

「それはわかるさ誠。もう俺のところに来た奴も十名近く葬ってきたからな」

確かにその周囲には死体が散乱している。

「それにしても誠、奴ら数をかなりばらけさせてるな」

「ああ、こっちもばらして配置しているけど手を回しきれないって言うのが現状だな・・・この分だと何人かは突破しているかも・・・」

「かと言って持ち場を離れる訳には行かないだろ?そっちの事は親父達や翡翠と琥珀達に託すしかない・・・誠また来たぞ」

「ああ・・・やるか・・・」

「おうっ」

彼らの範囲に侵入してきた敵兵は四名。

罠を回避しながら慎重に進んでいる為今のところは無傷だ。

しかし、それが何になると言うのか・・・この『七夜の森』で隠密行動する事がどれだけ愚劣な行いか・・・

誠は薄く笑う。

「さて・・・君達の愚行を・・・君達の命で贖っておくれ・・・」

その瞬間、解体ショーが開演していた。

―閃鞘・双狼―

手に持った小太刀・・・彼の愛刀『比翼』・・・で二人の首が吹き飛ばされる様に刎ねられた。

「おいおい・・・この程度で驚くなよ・・・直ぐ終わるけどよ」

小馬鹿にしたように晃も嘲る。

―閃鞘・八点衝―

軽々と戦斧・・・晃が幼少から使い込んだ武器『天雷』・・・を振り回し、兵士達はミンチ肉にされる。

「終わったね」

「ああ、それにしても相変わらず速いなお前」

「君こそ」

そう言って笑い合う。

そこに危機感は微塵も感じられない。

最前線の志貴と黄理にどれだけ信頼を置いているかが嫌でも知れた。







こうして最前線と前線で戦闘が始まっているのと同時期、後方から七夜を襲撃しようとした迂回部隊は逸早く偵察に出ていた七夜妃に発見され、女衆と戦闘が開始していた。

しかし、元々、戦闘にはやや不向きと言われる七夜の女性陣、嵐の様な弾幕を地形の高低と煙幕を利用して防ぎ、善戦していたが、徐々に押されていた。

「どう?」

「やっぱり駄目。銃を持っている所為で皆上手く近寄れない。何とか煙幕とか使って怪我人は出ていないけど・・・」

義妹妃の報告に眉をひそめる真姫、そこに、

「お母さん私達も出る」

「うん」

翡翠と琥珀が真剣な表情で名乗り出る。

「でも・・・」

「義姉さん、もう後先考えている場合じゃないわ。翡翠ちゃんと琥珀ちゃんを前線に投入しないと多分もたない・・・どうにかして、この周辺の戦闘だけは防がないと・・・」

「そうね・・・もう後詰めとかを考えている場合じゃないわね・・・翡翠・琥珀・お願い・・・」

「「はい」」

「シオンさん二人の援護をお願いしたいのですが宜しいでしょうか?」

「わかっています。翡翠も琥珀も傷はつけさせません。真姫貴方もお気をつけて」

「ええ、わかっているわ。妃、すぐに前線に出ている子達をこっちに戻して。ありったけの煙幕を使って」

「わかったわ。義姉さん」

「それと翡翠、琥珀、絶対に無事でね・・・無茶しちゃ駄目よ」

「うん、大丈夫お母さん」

「翡翠ちゃんの暴走は私が食い止めるから」

「姉さん!」

「翡翠、琥珀急ぎましょう」

「「うん!!」」







前線では使用された煙幕に迂回部隊は辟易したが、それでも遂に丘を突破した。

「よし!!手始めに七夜の女共を皆殺しにするぞ!!全員付いて来い!!」

そう言って我先に突撃を開始する。

しかし、その先には・・・

「姉さん来ました」

「じゃあ始めますか?煙幕で身を隠している内が勝負よ翡翠ちゃん」

「うん」

入れ替わりに前線を担う翡翠・琥珀・シオンが迎撃を万全に整えていた。

「シオンさんは煙幕から出た敵を一掃してください」

「判りました・・・では煙幕を発射します」

「ええ、翡翠ちゃん・・・霊力を」

「うん!」

その言葉とともに霊力が全身に満ち溢れ身体に力が溢れんばかりに迸る。

シオンが煙幕を発射すると同時に二人は突撃を開始した。

「ぐおっ!!また煙幕か!!気にするな!!ここを突破すれば・・・」

その先は永遠に喋る事は無かった。

―居閃・雹―

翡翠の一閃は男の顔右半分を、音も無く苦も無く斬り飛ばしていた。

さらに

―二閃・疾風―

二人の男の首が跳ね飛ばされる。

「な、なんだ!!」

翡翠達の猛攻は続く。

―居閃・白夜(いせん・びゃくや)―

今度は下からの切り上げに男は縦に二つに分けられ、

―二閃・戯風(にせん・ぎふう)―

風と戯れる様に優雅に琥珀の白刃が舞う度に男達の首は深く切り裂かれ、鮮血が地面を叩く。

―居閃・八点斬(いせん・はってんざん)―

八回刀の残像が奔り、八つに分割される。

―二閃・五輪(にせん・ごりん)―

二本の忍者刀それぞれ五つの刺突が唸りを上げて急所を貫く。

―居閃・烏羽(いせん・からすばね)―

更に翡翠の三回続けての居合いの一閃は刃の有効範囲外である筈の三人を胴斬りする。

―二閃・鎌鼬(にせん・かまいたち)―

接近して交差する僅かな時間で男は頭部・両腕・両足・腰・胴に解体される。

煙幕がようやく晴れた時、そこには無傷の上、着物にも返り血一つ付く事無く立つ姉妹とまさしく血の海でありとあらゆる方法で解体された死体。

何人かは眉間を銃弾で貫かれた者もいる。

これらは煙幕から脱出しようとした所シオンの手で射殺されたものだ。

そして、運良く・・・いや、この際運悪く・・・生き延びた二人がいるだけだった。

「な、なななななな・・・ぶ、部隊が壊滅・・・たった・・・たった二人に・・・」

「あ、悪魔だ・・・鬼女だ・・・」

非礼とも呼べる言葉にも二人は眉一つ動かさない。

「あは〜お母さん達を殺そうとしている人達に、悪魔なんて言われたくないですよ〜」

「うん、七夜に手を出す事自体を、地獄の底で反省していて」

その罵りに冷笑で返してから二人は姿を消す。

「ひいいいいい!!」

慌てて銃を構えるがその時には既に遅すぎた・

母より教わった技であり、真姫が独自に生み出しそして昇華した退魔剣術最高奥義を放つ。

―極死・影蝕―

叫び声すら上げられず残りの男達もただの肉の塊と化した。

「凄いのですね・・・二人とも、私の出番がありませんでした・・・」

「ううん、シオンさんが後ろで守ってくれているって判っていたから安心して前方に集中出来たから」

「そうですよ〜シオンさん充分に私達の援護になっていますよ〜」

「そうですか・・・そう言ってもらえれば幸いです。それよりも急いで戻りましょう。どうも志貴達の予想以上に敵の量が多い。いくら鉄壁の陣でも掻い潜る者がいるかも・・・」

そこまで言った時、洞穴の方角から銃声が響き渡った。

「!!」

「ま、まさか・・・」

「急ぎましょう!!」

「「うん!!!」」







やや時は遡る。

翡翠達三人と入れ違いで戻ってきた彼女達に真姫が労いの言葉をかける。

と、四季が急に飛び出すと手元にあった石を茂み目掛けて投げ付ける。

「ぎゃっ!!」

短い悲鳴と共に転がり出てきたのは迷彩服を来た男、

そう、誠の不安は的中していた。

彼を含め五個部隊十名が現世代の眼を掻い潜り突破、一気に里を突こうとしたのだ。

しかし、そこで旧世代に発見され三個部隊六名が彼らの手で更に全滅。

その眼をも掻い潜り、残された二個部隊四人はたまたま七夜の非戦闘員が避難している洞穴に辿り着いた。

「くっ・・・し、四季様・・・どうして・・・」

「どうしてもくそもあるか・・・」

「まあいいでしょう・・・どうせ七夜は皆殺しにするんですから」

その時男の眼がぎらりと光った。

その視線の先には一人の少女が立っていた。

その少女・・・秋葉に何一つ躊躇いを見せる事無く銃口を向ける男。

そして誰一人反応する前に銃が火を噴く。

しかし、銃弾は秋葉の身体を貫く事は無かった。

何故なら・・・

「な・・・」

その銃弾は・・・

「けっ・・・遠野がこんな下種を飼っているのかと思うと情けなくなるぜ」

四季の身体を貫いていたから・・・

咄嗟に四季は秋葉の盾となり銃弾が腹部に命中していた。

「お、お兄様!!」

腹部を押さえる四季に秋葉が悲鳴を上げる。

「何やってる!!秋葉さっさと入ってろ!!」

「は、はい!!」

慌てて秋葉が慌てて洞穴に入れると同時に四季は自身の血に塗れた手に力を込める。

それと同時に血を男目掛けて撒き散らす。

その瞬間、細かい血の玉は、数百の真紅の弾丸と化して男に襲い掛かり、何の比喩無しで男をスポンジの如く穴だらけにした。

全身から血が潮の様に噴き出し、男は倒れる。

しかし、更に二発の銃弾が四季の腿を貫く

「ぐっ!!」

激痛と共に四季は地面に蹲る。

彼は遠野の能力により『不死』を得ているが、あくまでも『死なない』のではなく、『死ににくい』だけ。

心臓や頭蓋を砕かれれば四季も死ぬ。

見ると反対側では別の私兵と思われる二人と七夜の女性陣が戦闘を行っている。

この分では援護は期待できない。

そこに短銃を手に男が姿を現す。

「さて・・・四季様これまでですな・・・四季様の能力を考えればここで始末をつけた方が宜しいでしょうな」

そう、ニヤニヤ笑いながら男は血だまりを警戒しつつ、眉間に銃口を押し付ける。

「くっ・・・」

「では死んで・・・」

「お兄様!!」

不意に後方から秋葉の悲鳴が聞こえる。

「ば、ばか!!秋葉逃げろ!!」

「おや・・・秋葉様まで・・・では兄妹仲良く・・・!!!!」

不意に男の饒舌が止まる。

四季は苦痛を堪え後ろを振り向くとそこには

「許さない・・・よくもお兄様を」

艶やかな黒髪を真紅に変えた妹がいた。

「く・・・紅赤朱・・・」

遠野を始めとする混血が人でないモノの血に負け反転した者の総称が紅赤朱。

秋葉は激情のあまり堕ちたと言うのか・・・

四季の驚愕の表情に秋葉は

「お兄様、直ぐに手当てしますので少し待ってください」

その声は理性に満ちた妹の声。

「さて・・・遠野の当主に手を出すとは・・・少し躾が必要な様ですね・・・」

「ひっ!!ひいいい!!」

「魂さえ・・・残さない!!」

秋葉の声と共に真紅の光が満ち溢れ男を包み・・・全て略奪された。

「ふう・・・お兄様!大丈夫ですか?」

「な、なんとかな・・・それよりも・・・秋葉・・・お前」

「お話は後です。それよりも今は傷の手当てを」

そう言うと、服が血で汚れるのに眼をくれず、てきぱきと洞穴に運び込むと他の女性達と共に止血と手当てを行う。

幸い全て弾丸は貫通していた為この位の手当てで済んだ。

外では残りの二人も取って返してきた翡翠と琥珀により討たれていた。

「それで・・・秋葉お前・・・どうして・・・」

何時の間にかいつもの黒髪に戻った妹に尋ねる。

「私もいつまでもお兄様の荷物になりたくないんです」

「秋葉?」

「お兄様は一人で苦労を溜め込む性格なのは良く知っています。ですから私も私の中に潜む遠野を飼い慣らしたんです。お兄様のご助力になれる様に・・・」

「そ、そんな事・・・」

思わず馬鹿な事を問い質そうとした。

可能である。

ただしそれには血に負けない強靭な精神力は絶対条件となる。

四季もある程度飼い慣らしているが未だ不安が残る。

それを秋葉は完全に制御しているのだろうか?

思案に暮れた四季に

「・・・はいこれで良いわよ。全部貫通していて良かったわ」

にこやかな声で志貴の母親・・・七夜真姫が微笑む。

「あ、ああ・・・すいません・・・ですが・・・」

「何かしら??」

「何故俺達を・・・あんた達七夜にしてみれば俺も秋葉も天敵である筈・・・何故俺達をここまで・・・」

「そんな事簡単よ」

そう言って真姫は優しく笑う。

とてもかの鬼神の妻とは思えないほど・・・

「あなた達は志貴から大切に思われているもの。だからあなた達もここの子供達と同じなの・・・じゃあゆっくりと休みなさい」

はっきりとした声でそう言うと洞窟の外に出て行った。

「・・・」

四季は暫し唖然としていたが、やがて

「なあ・・・秋葉・・・ここは居心地の良いもんだな・・・たとえ仇として狙っていた一族の本拠地だとしても・・・」

「・・・はい」

四季の独白に秋葉はにっこりと笑って同意した。

言葉とは不思議である。

たった一言が人の心を壊す事もあれば癒す事もある。

四季にも秋葉にも今や七夜に復讐する気持ちは失せていた。







その頃・・・

「翡翠・琥珀、ご苦労様」

四季の手当てを終えた真姫は自身の後継者であり実の息子と同様・・・若しくはそれ以上に溺愛する姉妹に微笑みかけていた。

「うん・・・」

「・・・」

それに対して二人は俯き心なしか表情も固い。

いや、そればかりか琥珀に関しては泣きそうな表情をしている。

人を殺した事に心を痛めた訳ではない。

先刻も言っていたが自分達にとっての家族を奪おうとする者に情け容赦をかける気など、二人には欠片も存在しなかったのだから。

ではこの表情の意味はと言うと・・・

「お母さん・・・志貴ちゃん私達のこと嫌いにならないかな??」

「私達・・・血に汚れちゃったけど・・・志貴ちゃん・・・今までと同じ様に笑ってくれるよね?」

志貴に嫌われないかと言う事のみだった。

人を殺し血に塗れた自分達にいつもの笑顔を向けてくれるだろうか?

それだけだった。

それに真姫は悲しげに微笑むと二人を包むように抱きしめる。

「大丈夫よ・・・あの子は凄く優しいから・・・きっといつもの様に笑ってくれる・・・それよりもごめんね・・・私がこれを教えちゃったから・・・」

「ううん・・・お母さんは悪くないの・・・」

「うん・・・私達お母さんにありがとうって言わなくちゃいけないのに・・・」

暫しの間この抱擁は続いた







一方・・・

「そうか・・・遠野の坊主達が・・・こりゃ礼をしなければな・・・」

第二陣に第三陣からの報が伝わると皆一様にほっとした表情を見せる。

無論撃退した事をでなく子供ないし孫達が無事であった事に。

「取り合えず前線にあの姉ちゃん達を投入した方が良いのではないか?」

王漸が楼衛に進言する。

「そうだな・・・いや、まだ敵にどれだけの戦力があるか分からん。もう少しあの二人にはここを警備してもらおう」

「そうか・・・そうだな・・・後もう少しだけ居てもらうか」

もう敵はいなくなったがそれでも万が一の備えは整えた。







更に前線・・・第一陣でも戦闘は終息に向かっていた。

「誠、全員の状態は?」

「さすがに無傷は少ないね・・・それでも全員軽傷で済む段階だけど・・・」

「それでも死者が出るに比べればはるかにましだ。全員に通達。手の空いた奴から応急処置を行ってくれ。残りは警戒態勢で奇襲に備えろと」

「了解」







しかし、最前線においては未だ戦闘は継続していた。

志貴と黄理二人による・・・そして七夜最強の防衛線は次々と襲い掛かるバイオ死徒を葬り去っていく。

―極死

志貴の声と共に手持ちのバタフライナイフが死徒の胸に突き刺さり、

―雷鳴

宙を舞い、背骨をへし折られる。

「ふう・・・まったくきりが無い。こうも来たんじゃあ・・・」

愚痴を叩きながらもまた一体解体する志貴。

だが、後方からもバイオ死徒が志貴に迫り志貴を潰そうとする。

「ちっ!!」

完全に不意をつかれて、かわしきれない志貴だったが

「えーーい!!」

この場に似つかわしくない能天気な声と共にバイオ死徒はミンチになった。

「志貴〜大丈夫?」

そこには第二陣にいる筈のアルクエィドが立っている。

「アルクェイド??助かったが・・・良いのか?」

「うん、もう里の方には敵はいないし、お義母さん達も里に戻ってきたから『あんた達は志貴達の援護をしてくれって』叔父さんが」

「そうか・・・まてよ・・・達って事は・・・」

「もちろん私もいるわよ志貴君」

「それに翡翠に琥珀はお義父さんの方に行ったし錬金術師は後方で情報収集しているわ」

「やっぱりか・・・まあ良い・・・取り敢えず二人とも範囲を広く取って敵を探し出してくれ。今みたいな奴がいたら容赦なく」

「潰すんでしょ?」

「ああ、頼む」

「うん!!」

「じゃあ志貴君またね」

そう言い合うと二人は左右に拡散して行こうとしたが、辺りからぞろぞろとバイオ死徒が姿を現す。

およそ五体。

「また出て来たの〜?」

「しつこいわねぇ〜」

アルクェイドとアルトルージュが身構えようとしたが、志貴がそれを静止する。

「ちっ・・・しつこい・・・二人とも行ってくれ。こいつらは俺が潰す・・・」

「えっ??」

「で、でも志貴君・・・」

「大丈夫だから早く」

「うん・・・」

「志貴君・・・無事でね」

そう言って二人は散開する。

「さてと・・・貴様らに見せるのはもったいないが冥府への六銭代わりだ・・・受け取れ」

―極鞘・青竜―

その瞬間志貴の手に現れるのは『豪槍・青竜』

それを志貴は地面に突き刺す。

―竜脈獄(りゅうみゃくごく)―

その瞬間、バイオ死徒達はことごとく地面の陥没に足を捕らえられたと思った瞬間、猛烈に隆起した地面によって瞬く間に押し潰され大地の奥底に飲み込んでいく。

『豪槍・青竜』の秘技『竜脈獄』・・・獄の名に相応しい、必殺の一撃だった。







一方の黄理も・・・

「そろそろ尽きて来たか・・・」

そう独白してから

―極死

静かに唄う様に宙を跳び

―屠殺竜

一体を肉の塊としていく。

「ふう・・・」

さすがに年齢的なものがあるのか、少し乱れた呼吸を整えていると

「お父さん!!」

「大丈夫??」

「琥珀??翡翠までどうしたんだ?」

「うん、もう後方からは敵襲は無いだろうからお母さん達や叔父さん達は里に戻ったよ」

「誠君達も戻って里の警備をしてるから私達はお父さんや志貴ちゃんの助っ人に行ってくれって」

「そうか・・・すまんな。だがもう奴らに余剰の兵力はあるまい・・・」

黄理の予測は完全に的を得ていた。

すでに刀崎・久我峰連合部隊は全兵力の九割強を失っていた。

もはや戦いの帰趨は決しようとしていた。

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